東京地方裁判所 平成10年(ワ)29698号 判決
原告 曽根幸
右訴訟代理人弁護士 木ノ下一郎
被告 熊沢廣
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二 被告は、原告に対し、平成一二年二月一日から前項の建物明渡済みまで一か月四万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
一 はじめに
本件は、原告が、被告に賃貸していた建物について、賃貸借契約の終了(更新拒絶による期間満了)に基づいて、建物の明渡しを求めるとともに、賃貸借契約終了の日の後である平成一二年二月一日から建物の明渡済みまで一か月四万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払いを求めた事案である。
二 前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、賃貸借の期間を平成九年二月一日から同一一年一月三一日まで、賃料を月額四万五〇〇〇円の約定で、貸し渡した(以下これを「本件賃貸借契約」という。)
2 原告は、平成一〇年六月二一日に到達した内容証明郵便により、本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨の通知をした。
3 平成一一年一月三一日は経過した。
4 被告は、平成一一年二月一日以降も本件建物の使用を継続している。
5 原告は、被告に対して、平成一〇年六月二三日、東京簡易裁判所に建物明渡しの調停を申し立てたが(東京簡易裁判所平成一〇年(ユ)第四九二号)、不調に終わったので、同年一二月二二日、本件訴訟を提起して本件建物の明渡しを求めた。
三 争点
1 更新拒絶についての正当事由の有無(借地借家法二八条)
(原告の主張)
(一) 正当事由の評価根拠事実
本件建物及びその敷地は、東京都が都市計画事業として行う都市高速鉄道第九号線(小田急小田原線)付属街路第五号線の対象区域内に入っているところ、右対象区域内の土地は、現時点では、そのほとんどが東京都において買収済みであり、また、右対象区域内に存在する物件は本件建物のみである。
被告に対する本件建物の明渡しが難航していることは、事業者と本件建物敷地の所有者との買収交渉にも支障をきたしているばかりか、本事業全体の進行にも支障をきたしている。
(二) 正当事由の評価障害事実についての反論
<1> 第一目標については不知。右の主張は、調停及びこれまでの手続のなかで、一度も主張されたことがなかったものであり、到底措信しがたい。
また、被告が、個人タクシーの資格を取るのであれば、所定の車庫が必要になるはずであるが、原告は、本件建物を居住目的で賃貸したのであり、営業用の車庫を本件建物敷地内に設けるのは許容しがたい。
<2> 第二目標については不知。原告は、被告が、本件建物内で電気部品の加工組立の仕事をすることに同意したことはないし、そのような仕事場としての使用は、住居としての賃貸目的に反することは明らかであり、容認できない。
(被告の主張)
(一) 正当事由の評価根拠事実についての反論等
事業主である東京都の説明によると、街路事業が緊急に実施される見通しはなく、一、二年内に立ち退く必要もないとのことである。
また、街路事業の対象事業区域内にかかっている本件建物の一部についてのみ、建物を取り壊し、改築、修繕をすれば、居住することは可能であるから、本件建物を明け渡す必要はない。
(二) 正当事由の評価障害事実
被告は、以下の理由により、本件建物に居住する必要性がある。
<1> 被告は、現在五六歳であり、免許取得の機会も数回しかないが、全個人タクシーの免許取得を目標に努力中である(第一目標)。
被告は、タクシー会社に勤務して、現在八年になるが、個人タクシーの免許を取得するためには、「<1>申請する事業区域内に申請日前継続して一年以上居住していること、<2>申請する事業区域内にあり、住所と営業所とが同一であること、<3>居住する住居に永続性があること」との要件を満たす必要があり、定住住居者がより有利に審査されることは明白である。
<2> 第一目標が無理な場合は、休業中の電気部品の加工組立の仕事を再開する予定であるが(第二目標)、少し音の出る仕事であり、右の仕事のできる条件を満たす他の場所を探すのは容易ではない。
<3> 被告は、経堂地区で上京以来生活しており、被告の第二の故郷であるので、住居を移転するのは生活上の不安がある。
2 法定更新について(借地借家法二六条二項)
(原告の主張)
原告は、被告に対して、本件賃貸借契約の期間満了前に本件訴訟を提起して本件建物の明渡しを求めており、また、原告は、被告から、平成一一年二月に送金を受けた四万五千円について、賃料相当損害金として受領する旨を領収証に記載して明らかにしたうえで、受領したもので、遅滞なく異議を述べているから、賃貸借契約は法定更新されない。
(被告の主張)
被告は、原告に対し、「ニガツブンヤチンオクル」「サンガツブンノヤチンデス」と通知したうえで、それぞれ四万五千円を送金し、原告は、これを異議なく受領したから、本件賃貸借契約は、法定更新された。
第三争点に対する判断
一 争点1について(更新拒絶の正当事由)
1 証拠(甲一ないし二二、乙四、八、一二、証人加藤重行、証人曽根正澄、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、本件建物敷地を、所有者である松原徳松(以下「松原」という。)から借地をして、そのうえに本件建物を所有し、昭和四八年ころ、本件建物を被告に貸し渡した。
(二) 本件建物敷地は、東京都が都市計画法に基づく都市計画事業として施行する都市高速鉄道第九号線(小田急小田原線)付属街路第五号線事業(以下「五号線事業」という。施行延長六五〇メートル、幅員六・〇ないし九・〇メートル)の対象区域内に一部入っている(甲五、一七ないし一九)。
右の第五号線は、小田急小田原線の鉄道に沿って経堂駅から千歳船橋駅の間に位置する側道であるが、五号線事業は、小田急小田原線の世田谷代田駅から喜多見駅間内を連続立体交差化・複々線化し、八か所の都市計画道路及び一七か所の踏切道を立体化するとともに側道を整備するという東京都の施行する都市計画事業(以下これを「本件事業」という。)の一環であり、五号線事業は、他の本件事業とともに、平成六年六月に認可され、その旨告示がなされた(平成六年六月三日建設省告示第一四五一号甲四)。
東京都は、本件事業に関する用地買収事務について、小田急電鉄株式会社に委託をした(甲四)。
(三) 本件建物敷地一一六・七四平方メートルのうち、約三七パーセントにあたる四二・七〇平方メートルが五号線事業の事業用地、七四・〇四平方メートルが残地となっており(甲九、一〇)、五号線事業の事業用地の範囲を画する都市計画線が本件建物敷地を斜めに横切るように入っている(別紙図面参照)。
また、本件建物は、昭和一九年に保存登記がなされた築五〇年以上の平屋建て、床面積約六六平方メートルの車庫付きの建物であるが、その玄関部分を含むかなりの部分が、右の都市計画線により画された事業用地上に存在することになる(甲一一)。
(四) 五号線事業の対象区域の土地は、付近の鉄道用地及び測道用地を含め、かなり買収が進んでおり、別紙図面のとおり、現時点では、本件建物敷地と松原が所有しているごく狭小の土地を除いては買収済みである(甲一八)。本件建物敷地が買収されないために、五号線事業のその他の買収された部分の土地についても本格的な整備ができない状態で放置されている。
被告は、東京都が街路事業が緊急に実施される見通しはなく、一、二年内に立ち退く必要もないと説明した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はないし、事業用地の買収の状況に照らし、右の主張は措信しがたい。
(五) 本件建物敷地の所有者である松原は、本件建物敷地を東京都に譲渡して事業に協力する意向を有しており、本件建物の所有者である原告も同様の意向である。
なお、本件建物敷地の事業用地以外の残地部分の形状は不整形であり、北側と東側に道路があることもあって、残地部分のみでは、本件建物と同等の建物を建築して有効に活用することはできないし、また、本件建物のうち事業用地の上に存する部分を切取って補修をすることは、建物の主要構造部に変更を加えるもので、物理的に困難であるうえ、安全性の見地からも考慮できないから、結局、本件建物敷地及び本件建物のうち、事業用地にかかる一部のみを買収することは考えられない。
本件建物敷地所有者である松原は、本件建物敷地全部を買収されることを望んでいるし、原告も、本件建物全部を買収されることを望んでいる。
被告は、街路事業の対象事業区域内にかかっている本件建物の一部についてのみ、建物を取り壊し、改築、修繕をすれば、居住することは可能であると主張するが、それが物理的にも困難であるほか、本件建物敷地及び本件建物の所有者の意思に反するのは、右のとおりである。
(六) 本件建物の所有者である原告が東京都から受けられる補償については、本件建物に被告が居住している場合には、家賃逓減補償が、被告が居住していない場合には、動産移転補償と仮住居が必要と認められるときには仮住居補償がつく他は、費目として同じであり、被告が居住していない場合に、被告に支払われない補償の分が原告に余計に支払われるという単純な関係にはない(甲二一「公共事業と補償」三頁以下参照。甲二二)。
(七) 東京都から委託を受けた小田急電鉄株式会社の社員は、平成六年八月ころから何度も原告宅を訪問し、被告に対して本件事業についてのパンフレットを交付するなどして、本件建物敷地の一部が事業用地にかかっている旨の説明をし、また、移転補償交渉の前提として建物の調査をさせてもらうよう依頼をしていたし(甲二〇)、また、平成六年一二月の本件建物の賃貸借契約更新の際に、原告の代理人として被告と交渉をした曽根正澄は、本件建物及びその敷地が事業用地の一部に該当する見込みである旨を記入した契約書を持参して示したから(甲一二)、被告は、平成六年には、本件建物敷地の一部が事業用地にかかる見込みであることを認識していたというべきであるし、被告自身の供述によっても、遅くとも平成八年一二月には、本件建物及びその敷地が五号線事業の事業用地にかかっていることを認識していたのは明らかである。また、平成九年の本件賃貸借契約締結の際にも、本件建物及びその敷地が事業用地に該当する場合には、協力を願いたいとの要望が原告側から出ていたことが認められる(甲二)。
(八) 被告は、小田急電鉄株式会社の社員との移転補償についての交渉を拒んでいたことから、原告は、本件賃貸借契約の賃貸期間の満了前に調停を申立てて本件建物の明渡しを求め、さらに本件訴訟を提起するに至った。
2 前記1に認定したところによれば、本件建物及び建物敷地の一部が平成六年六月に事業認可のされた都市計画事業である五号線事業の事業用地にかかっているところ、五号線事業及び付近の鉄道、側道用地の買収はかなり進んでおり、五号線事業の用地は、本件建物敷地を除いてはほとんど買収が完了しているというのであるから、本件建物敷地は事業用地として早期に買収される必要があるというべきである。そして、本件建物敷地の所有者である松原及び本件建物の所有者である原告は、本件事業に協力するためにいずれも本件建物敷地及び本件建物の全部が買収されることを望んでいるのであり、また、被告は、遅くとも平成八年には本件建物敷地の一部が事業用地にかかっていることは認識していたというのだから、右の事情を総合すると、原告が被告に対し、賃貸借契約の更新をしない旨の通知をするについて、正当の事由があると認められる(借地借家法二八条)。
3 なお、被告は、第一に個人タクシーの免許を取得するために、第二に電気製品の加工をするために本件建物に居住する必要性があると主張するけれども、被告の主張するこれらの事由が、本件建物に居住する必要性を基礎付けるものかどうかについては疑問があるうえ、被告の主張は、いずれも将来の希望にすぎないし、その他被告に本件建物に居住する具体的な必要性があると認めるに足る証拠はない。
二 争点2について
証拠(甲一五、一六、乙三の一、五の一)によれば、原告は、被告から、平成一一年二月に「ニガツブンヤチンオクル」との通信文とともに四万五千円の送金を受けたが、賃料相当損害金として受領する旨を領収証に記載して明らかにしたうえで受領したことが認められ、また、本件賃貸借契約の賃貸期間満了の前に、原告は、本件訴訟を提起し、現在に至るまで、本件建物の明渡しを求めていることは当裁判所に顕著である。
そうすると、原告は、賃貸期間満了後の被告の本件建物の継続使用について、遅滞なく異議を述べたものといえるから、本件賃貸借契約が更新されたものとみなされることはない(借地借家法二六条二項)。
三 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 土谷裕子)
物件目録
所在 東京都世田谷区経堂三丁目三二〇番地二
家屋番号 七一二番
種類 居宅
構造 木造瓦葺平家建
床面積 三八・六七平方メートル<登記簿上の床面積>
五一・四九平方メートル(評価証明書上の現況床面積)
五四・四五平方メートル<賃貸借契約書表示の床面積)以上